
千葉県・九十九里町 つくも整骨院 HOME > スタッフ紹介
小学校6年生の時、同じ野球部員が練習中、ボールを取り損ね指を骨折してしまいました。
ありえない方向に曲がっているのをレントゲンを見ながら器用に治す父の技術を見て、驚きと同時に尊敬の念がうまれ、柔道整復師に対しての憧れがここから芽生え始めました。
進路において最初は薬剤師になろうと、薬学大学の進学を決意したものの、そんな父の治療の風景を見ていて、段々と憧れを持ち柔道整復師の道を決めました。
高校卒業後、上京し練馬区の柔道整復専門学校に入学いたしました。
それと同時に、荒川区にある名倉病院で修行を始めました。
当時は修行の身分もあり、学生でしたのでお金がなく大変苦しい思いをしました。
ですが、それを乗り越えた先輩方からご飯を頂いたりと後輩に対する優しさ、想い、厳しさを教わりました。
「江戸のほねつぎ」と言われ先祖代々有名な整形外科だった為、当直の手伝いの際は、救急車がよく来られ、大変勉強になった場所でした。
私たち柔道整復師は骨折、脱臼の現場を求めます。
ここの現場はその部分で大変貴重な時間でした。
2年間ここでお世話になりました。
次に足立区にある西新井名倉岡村接骨院に弟子入りさせてもらいました。
こちらは、体育会系で大変厳しく、ここで自分のハングリー精神が養われたと思います。
基本の外傷処置、保険作業、整骨院の全般をここで学ばせて頂きました。約4年間こちらでお世話になりました。
次に実家の整骨院に戻り親の後を継ぎ、院を任せてもらいました。
院を任せてもらう分責任があり、また両親の「柔道整復師とは何ぞや」を深く学びました。
こちらでは約2年お世話になりました。
次にもっとスキルをあげたいと思い、再び上京。
都心で20店舗整骨院を運営している(株)アーテリーに就職いたしました。
ここではカイロプラクティックという骨盤、
頸椎矯正をメインとした治療院で、都心のOLやサラリーマンの方の背骨を診て治療をしていくといった、大変深い治療を見させていただきました。
首や肩、腰の痛みの治療はこちらで大変学びになりました。
2年間の研修をこちらで積んでいきました。
後に、葛飾の新小岩駅前にて「駅前名倉整骨院」を院長としてオープンさせて頂きました。
人間力の成長としてはこちらで大変勉強になり、トップとしての責任、後輩指導、患者様を「治す」という事に対して、学びが大きかったです。
約3年間こちらを任された後、後輩にバトンタッチしました。
現在に至る「つくも整骨院」を2012年2月にオープンいたしました。
趣味のサーフィンを週末に東京より通っていたのですが、今の場所を見つけ、しかも九十九里の人の温かさにひかれ開業を決意。
最初は知らない人、知らない土地、不安だらけでしたが、やはり人柄が温かく手助けもあり今日にいたります。
将来はこのような整骨院がない地方の方の為、分院を考えています。
最終目標は、西洋・東洋の治療を融合し早期回復を目指した患者様の為のクリニックを作りたいと思っております。
今は地域の人の温かさに少しでも恩返しをしていき、自分も人に影響力を与える人間に成長したいと思っております。